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鹿児島地方裁判所 昭和58年(ワ)386号 判決

熊本市清水町大字新地七四八の二

原告

谷冨史直

右同所同番地

原告

開成工業株式会社

右代表者代表取締役

谷冨史直

右両名訴訟代理人弁護士

東敏雄

鹿児島県国分市福島二一三八

被告

井関鉄工株式会社

右代表者代表取締役

井関修二郎

右訴訟代理人弁護士

塚本安平

塚本侃

右輔佐人弁理士

菅原弘志

主文

一  原告らの各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、別紙イ号図面及びイ号説明書記載の自動転倒ゲートを製造販売してはならない。

2  被告は原告会社に対し金四〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第2項につき仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告谷冨史直(以下「原告谷冨」という。)は左記の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)及び実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有するものであり、原告開成工業株式会社(以下「原告会社」という。)は、昭和五一年原告谷冨から本件特許権及び本件実用新案権の独占的通常実施権の設定を受けて、自動堰落し装置を製造販売しているものである。

(一) 本件発明の名称 自動堰落し装置

出願 昭和四九年一月九日(昭四九-六四五〇号)

出願公開 昭和五〇年八月九日(昭五〇-一〇〇八三〇号)

公告 昭和五四年六月二一日(昭五四-一六三四六号)

(二) 本件考案の名称 転倒堰

出願 昭和四九年一二月一八日(昭四九-一五四四二一号)

出願公開 昭和五一年六月二二日(昭五一-七九一二六号)

公告 昭和五五年二月二六日(昭五五-八七四〇号)

2  本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は別紙本件特許請求の範囲記載のとおりであり、本件実用新案出願の願書に添付した明細書(以下「本件実用新案明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は別紙本件実用新案登録請求の範囲記載のとおりである。

3(一)  本件発明の構成は「第一揺動部材12と第二揺動部材13とを上下に屈折可能に枢支連結14してなる浮力伝達リンク」にある。

(二)  そして、その作用効果は次のとおりである。即ち従来の自動堰落し装置はフロートの浮力を浮力伝達部材とストツパ部材との係合部に直接作用させてその係止を外すという摩擦抵抗の大きなものであったが、本件発明の結果、浮力伝達部材として、第一揺動部材12と第二揺動部材13を枢支連結14して浮力伝達リンク15なるものを設け、フロート18の浮力を右連絡点に作用させて浮力伝達リンク15を中折式に屈折させることにより、ほとんど摩擦抵抗を受けずにストツパ部材8との係止を外すことが可能となり、従来の凡ての自動堰落し装置をそのまま軽量化し、且つ確実に作動させることが可能となったものである。

4(一)  本件考案の構成は堰板1の上辺の端末にワイヤ8を固定し、ワイヤ8が水流の側壁に接着させたことである。

(二)  その作用効果は、従来巻上装置から繰り出されて堰板の先端に結着されるワイヤが堰板の倒伏とともに水流に没入して水路を水とともに流れるごみ等を付着させやすく、これが水路を詰まらせてその水路の流量調整を困難にする等の障害があり、またごみ等を撤去するために多大の労力を要し著しく不便であったが、本件考案によりごみ等がワイヤに付着するのを防ぐことが可能となったことである。

5  被告は、昭和五二年九月以来、業として別紙イ号説明書記載の自動転倒ゲート(以下「イ号物件」という。)を製造販売している。

(一) イ号物件の堰板側伏の作動要領は次のとおりである。即ち、イ号図面(第五図及び第九図)の青線のフロート63の支持板65が上昇すると、同支持板上のアーム53が上向きに回動する。これにより回動円板51の円周上の57点は57'点方向に移動する。57点の移動は同時に55点を55'点方向に移動させ、カム41を時計まわりの反対方向に回動させる。この時カム41の外円に当接しているベヤリング35はギヤ列を通じてプーリー11から伝達されている水流の圧力により、容易にカム41の凹陥部41aに陥入し、紫線カム41を回動させて赤線のストツパ機械を緑線の位置に移動させ、ギヤ33をギヤ20から離開する。かくしてプーリー11は係止を外され、堰板1は倒伏する。右の作動において、回動円板51の円周上の点57は、同円板上の半径56'と等価であり、ここに回動円板51を設ける技術上の必然性はない。

故にフロート63の上昇を受容する機構は、55、57点において屈折自在に連絡されたレバー43、ロツド56、回動円板51上の半径56'により構成される浮力伝達リンクであって、本件発明の構成そ充足し、同一の作用効果を奏する。

(二) またイ号物件は、イ号図面(第1ないし第3図)の堰板1の上辺の左右または一方の端末にワイヤ5を固定し、右ワイヤが流水の側壁に接着して作動するように製作されており、本件考案の構成を充足し、同一の作用効果を奏する。

(三) したがって、イ号物件は本件発明及び本件考案の技術的範囲に属し、本件特許権及び本件実用新案権を侵害する。

6  原告会社は、被告がイ号物件を製造販売したことにより、次のとおり四四五一万七一八三円の損害を被った。

即ち、原告会社の昭和五七年度(昭和五七年八月一日乃至昭和五八年七月三一日)の売上額は七億九八八一万九八六二円であり、その税引前の利益は一億二一五二万二三四二円であるから、その利益率は一七・六五パーセントとなるところ、被告のイ号物件売上額は、昭和五五年度四〇八三万七〇〇〇円、昭和五六年度四五四八万五〇〇〇円、昭和五七年度八五九〇万円、昭和五八年度八〇〇〇万円(推計)計二億五二二二万二〇〇〇円であるから、被告の利益は右合計金額に前記原告会社の利益率を乗じた金額即ち四四五一万七一八三円にのぼるものと推定され、原告会社の被った損害額は右金額相当額ということになる(特許法一〇二条一項)。

7  よって、被告に対し、原告谷冨は、本件特許権及び本件実用新案権に基づき、その権利範囲に属するイ号物件の製造販売の差止めを求め、原告会社は、その独占的通常実施権に基づき、イ号物件の製造販売の差止め及びその製造販売により被った前記損害のうち金四〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の後である昭和五九年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の答弁と主張

(答弁)

1 請求の原因1の事実のうち、原告会社が原告谷冨から本件特許権及び本件実用新案権の独占的通常実施権の設定を受けたことは知らないが、その余の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実のうち(一)の事実は否認し、(二)の事実は不知。

4 同4の事実のうち(一)の事実は否認し、(二)の事実は不知。

5 同5の事実のうち冒頭の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

6 同6の事実は否認する。

(主張)

1 特許権侵害の主張について

本件特許請求の範囲の記載とイ号説明書の記載とにより、本件発明とイ号物件を比較すると「水路内に設けられる堰板を起立状態に支持し、水路内の水位が所定値を越えると自動的に堰板の支持を解除するようにした装置」である点では両者は一致する。しかし、先ず第一に本件発明は堰板1の支持を、水路内に出没して堰板1を係止し得る突部8bをそなえたストツパ部材8によって行なうのに対し、イ号物件は、堰板1をワイヤ5で吊って支持する装置であって、右の「水路内に出没して堰板1を係止し得る突部8bをそなえたストツパ部材8」という構成要件を全く欠いており、かつこれに均等であると見敬し得るような部材も存在しない。第二に、本件発明は、第一揺動部材12と第二揺動部材13を屈折可能に枢支連結14して一本のリンク15とし、このリンク15の軸方向の反力によって堰板1の荷重を支持するとともに、同堰板を落すときは、フロート18の浮力を軸方向と直角な方向に右連結部14に作用させることによってリンク15を中折れ状に屈折させてその反力を消滅させるように構成されているのに対し、イ号物件は、このように堰板1の荷重を軸方向の反力で支持するような部材は設けられておらず、堰板1の荷重を回転モーメントに変えてラチエットホイール26で支持し、フロート63の浮上時にはこの回転モーメントをラチエットホイール26に伝達するギヤ列の噛合を解くように構成されているので、この点でも本件発明と構成を異にしている。

このように、イ号物件は、本件発明と構成及び作用効果を全く異にしているので、本件発明の技術的範囲に属さないものである。

2 実用新案権侵害の主張について

本件実用新案登録請求の範囲の記載とイ号説明書の記載とにより、本件考案とイ号物件を比較すると、「水路の底部に基部を軸支された堰板を堤防上の巻上げ装置から繰り出されたワイヤで吊って起立状態で支持するようにした装置」である点では両者は一致するが、堰板に対するワイヤの取付け方が大きく相違している。即ち、本件考案は、堰板1の上端部の左右隅の少くとも一方に、同堰板の傾斜時に水を側方から中央へ誘導するように傾斜させかつ外方側縁6を水路側壁に略平行に近接させた水切板5を堰板1の縦方向に沿って設け、ワイヤ8をこの水切板5の外方側縁6を経由して同水切板の水路側壁と対面する背面もしくは堰板1に結着し、これによってワイヤ8が水切板5の外方側縁に案内されて水路側壁に沿ってそれと略密着するのに対し、イ号物件はこのような水切板が設けられておらず、水路側壁との間に間隙をおいて設けられた平板状の取付片4の左右両面に抜ける穴4aにワイヤ5を通してループ状に結着したものであるから、ワイヤ5と水路側壁との間にはかなりの隙間が存在している。このように、転倒式の堰板をワイヤで吊って支持する装置は、例えば本件実用新案権の出願よりも五年も前に刊行された実用新案公報(実公昭四四-二九九六五号公報)にも記載されているように、公知の慣用技術であり、しかも堰板に対するワイヤの固定を堰板の側部上端部に設けた板状の穴付き取付片によって行なうことも同公報の図面に明示されているとおり公知の技術である。本件考案は、右公知の技術を改良するものであって、ワ、イヤ8を水切板5の外方側縁6によって水路側壁に密着させ、かつ側部の流水を水切板5によって中央部に導き、ゴミ等のワイヤ8への付着を防止するものである。これに対し、イ号物件は本件実用新案権の出願前から公知であった右慣用技術を利用しただけのものである。

このようにイ号物件は、本件考案とは構成を異にし、また同一の作用効果を奏することはなく、その技術的範囲に属さないものである。

三  被告の主張に対する原告らの反論

1  被告の主張1について

本件発明における不可欠の要素は屈折原理を利用した浮力伝達リンク15による係止解除装置であり、この係止解除装置により解除されるストツパ部材8や同部材と浮力伝達リンク15との係合の関係は本件発明の技術的範囲とはならないものである。即ち、本件特許明細書の特許請求の範囲には、ストツパ部材として、第二揺動部材13に「係合される係合部8aと前記函体7を通じて水路内に出没して前記堰板1を係止し得る突部8bを設けたストツパ部材8を揺動自在に軸支」した機構が表示されているが、この機構は、水圧を受けている堰板1の倒伏が、突部8bによって係止されているので、この突部8bをひっこめて堰板1を倒伏させるという当然の原理を表示したものに過ぎない。この突部8bの作用効果実現のために、巻取ワイヤ、ギヤー、チエーンホイル、ラチエットギア等の部品を用いて種々なメヵニズムを構成し得ることは産業界の平易な常識である。しかるに、被告は、突部8bをそなえたストツパ部材8が本件発明の不可欠な内容をなすものであって、イ号物件が突部8bの代りに産業機械に常用のギヤ、巻取ワイヤ、ラチエットギアー等の組合せによる連結機構を用いているので、屈折原理を利用した浮力伝達リンクを用いながら、本件発明の技術的範囲外である旨主張しているのであり、右にみたところから、被告の主張が失当であることは明らかである。

2  被告の主張2について

本件考案の作用効果は、前記のとおり従来ワイヤに多くのごみ等が付着して堰板の操作を妨げ、ごみ等を撤去するために多大の労力を要し著しく不便であったのを、ワイヤを水路側壁に沿って略密着して作動出来るように、ワイヤ8を堰板1の一方の端末に結着したものであって、その結着方法を問わないものである。

ところで、イ号物件は、ワイヤ5を結着する為の取付片4を水路側壁に最も近接した堰板1の端末に設置しているからワイヤ5の結着方法の如何を問わず、ワイヤ5は水路側壁に略密着して作動するようになっており、この場合に取付片4が水切板であるか否かは問題ではなく、本件考案の技術的範囲に属することになる。

第三  証拠閥係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるので、これを引用する。

理由

一  請求の原因1の事実のうち原告谷冨が本件特許権及び本件実用新案権を有していることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二七号証、原告谷冨の本人導問の結果並びに弁論の全趣旨によると原告会社は昭和五五年原告谷冨から本件特許権及び本件実用新案権の独占的通常実施権の設定を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  本件特許権侵害の主張について

1  本件特許明細書記載の特許請求の範囲の記載が別紙本件特許請求の範囲記載のとおりであることは当事者間に争いがないから、この記載によると本件発明の構成要件は次のとおり分節するのが相当である。

(一)  水路内に設けられる堰板1を直立状態に係止すると共にその係止を、水路内の水位が所定値を越えると自動的に解除するようにした自動堰落し装置において

(二)  水路の一側に、内部がその水路と常時連通する函体7を沿設し

(三)  その函体7内に第1揺動部材12と第2揺動部材13とを上下に屈折可能に枢支連結14してなる浮力伝達リンク15の基部を起伏自在に軸支し

(四)  その浮力伝達リンク15には函体7内に収容され、浮力により当該浮力伝達リンク15を上方に屈折作動し得るフロート18を連絡し

(五)  さらに函体7には、フロート18に浮力が作用しない、浮力伝達リンク15の伸直時、少くともその前記枢支連結点14点よりも上方において第2揺動部材13に係合される係合部8aと、函体7を通じて水路内に出没して堰板1を係止し得る突部8bとを設けたストツパ部材8を揺動自在に軸支してなる

(六)  自動堰落し装置

2  成立に争いのない甲第一号証(本件特許公報)によると本件発明の作用効果は原告ら主張のとおりであることが認められる。

3  イ号物件がイ号図面及びイ号説明書記載のとおりのものであることは当事者間に争いがなく、右各書面の記載によると本件発明と対比されるイ号物件の構成要件は次のとおり分節するのが相当である。

(一)’ 本件発明の(一)に同じ

(二)’ 本件発明の(二)に同じ

(三)’ 外箱10に取着された支持軸50に回動円板51を軸着し、同円板の一方の面の軸より上方で外周近くに連結ロツド56の一端を枢着し、同ロツドの他端は外箱10に取着された支持軸40に軸着されたカム41に取着されて上向に伸びるレバー43の端部に枢着されたリンク装置を設置し

(四)’ 右リンク装置の回動円板51にアーム53を取着し、同アームをフロート63のロツド62に嵌着した支持板65に遊合し

(五)’ 外箱内にラチエットホイール26を固定嵌着した巻上軸25を軸着し、同巻上軸にキヤ27を固定嵌着するとともに回動枠30をプツシユ29を介して回動自在に取着し、同回動枠にはギヤ27と噛合するギヤ23およびカム41に当接するベアリング35が軸支され、さらに外箱10にブーリー11の回転を伝導するギヤ機構(12、15、16、19、20)を軸支し、ベアリング35がカム41の凸部に当接するとき(フロート63に浮力が作用しないとき)回動枠30に軸支されたギヤ33が前記ギヤ機構のギヤ20と噛み合い、カム41の凹部に当接するとき右噛合を解除するようにした

(六)’ 自動堰落し装置

4  そこで、右1ないし3の事実に基づき、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

イ号物件における堰板1の受ける荷重は、ローブ5、ブーリー11、ギヤ機構(12、15、16、19、20)、回動枠20のギヤ、巻上軸25のギヤに順次伝えられ、同巻上軸のギヤ27はラチエットホイール26によって固定される結果、その反力によって回動枠体(回動枠30及びこれに装着されたベアリング、ギヤを含むものをいう。)に回動力が働くが、回動枠体はカム41の凸部に当接されて回動せず、それによって堰板1が直立状態に係止されることになるから、その役割からすると、回動枠体は本件発明におけるストツパ部材8に対応する。

次にイ号物件のリンク装置はフロート63の運動を伝達するものであるから、本件発明の浮力伝達リンク15に対応する。

そこで、イ号物件における回動枠体と本件発明におけるストツパ部材8、イ号物件におけるリンク装置と本件発明における浮力伝達リンク15とをそれぞれ比較することとする。

従来の自動堰落し装置は浮力伝達部材が上方に揺動運動することによりストツパ部材から離間する仕組であったため、浮力伝達部材が、ストツパ部材との間の係合部に作用する強大な摩擦力による抵抗を、上方へ揺動する間終始受け、体積の大きなフロートを使用しても尚その作動が不確実であったところ、本件発明は、第一揺動部材12と第二揺動部材13を屈折可能に枢支連結14してなる浮力伝達リンク15を設けることにより、右連結点にフロート18の浮力を働かせて右両部材を屈折させ係合部8aの摩擦力による抵抗を急激に減少させる作用(原告らの表現によれば屈折原理による作用)を有するものである。

一方、イ号物件は、回動枠体のベアリング35がカム41凸部にあるときから凹部に移動する、すなわち係止から係止解除に至るまでベアリング35とカム41の係合部には摩擦力による抵抗が終始同一の力で作用することは明らかであって、原理的に従来のものと異なるところはない。

また本件発明はストツパ部材8からの荷重が浮力伝達リンク15を介して同リンクの軸支点14に掛かる(そうでなければ前記屈折原理に基づく作用は生じない。)が、イ号物件では回動枠体からの荷重はカム41を介してカム支持軸40に掛かり、リンク装置を介して回動円板51の支持軸50には掛からない。

このように、本件発明における(三)の浮力伝達リンク15の構成とイ号物件における(三)’のリンク装置の構成、本件発明における(五)の浮力伝達リンク15とストツパ部材8との係合の構成とイ号物件における(五)’のリンク装置と回動枠体との係合の構成が全く相違し、イ号物件は、本件発明の作用効果を奏するものではなく、本件発明の技術的範囲に属しないものと認めるのが相当である。

なお、原告らは、本件発明の不可欠の要素は浮力伝達リンク15による係止解除装置であって、ストツパ部材8やそれと浮力伝達リンク15との係合の関係は本件発明の技術的範囲とはならない旨主張する。

しかし、前記のとおりイ号物件のリンク装置は本件発明の浮力伝達リンク15とは相違するので、原告の右主張については判断の必要がないものであるが、念のために付言することとする。

特許発明の技術的範囲は願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法七〇条)、まだ特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明に記載した「発明の構成に欠くことができない事項」のみを記載しなければならず(同法三六条五項本文)、特許請求の範囲の項に実施態様を併せて記載するときは「発明の構成に欠くことができない事項」と区別できるように、それぞれ行を改め番号を付して区分して記載することを要し、一項のみからなる特許請求の範囲の記載に発明の構成に欠くことができない事項と実施態様を混在して記載することは許されないものであるところ(同法施行規則二四条の二、そうでなければ、特許発明の技術的範囲を明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めることができなくなる。)、本件特許請求の範囲は一項のみから構成され、ストツパ部材8が浮力伝達リンク15とともに一体のものとして記載されていることが明らかであるから、ストツパ部材8に関する記載も本件発明の技術的範囲に含まれるものとみなければならず、原告らのこの点についての主張は失当である。

三  本件実用新案権侵害の主張について

1  本件実用新案明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は別紙本件実用新案登録請求の範囲記載のとおりであることは当事者間に争いがないから、この記載によると本件考案の構成要件は次のとおり分節するのが相当である。

(一)  水路の底盤に基端を軸支された堰板1を強制起伏回動することにより水路の断面積を自由に調節できるようにした転倒堰において

(二)  堰板1の自由端の左右隅部の少なくとも一方に、その堰板1の縦方向に沿い、且つその堰板1の傾斜時に水路内を流れる水をその側方から中央へ誘導するように傾斜させて水切板5を取付け

(三)  この水切板5の外方側縁6を水路側壁を略平行に近接させ

(四)  また水路上に設けた巻上装置から繰り出されるワイヤ8の自由端を、前記水切板5の外方側縁を経由して、同水切板5の水路側壁と対面する背面もしくは前記堰板1に結着し

(五)  前記ワイヤ8が同外方側縁6に案内されて水路側壁に沿ってそれと略密着できるようにした

(六)  転側堰

2  成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案公報)によると本件考案の作用効果は原告ら主張のとおりであることが認められる。

3  前記のとおりイ号物件がイ号図面及びイ号説明書記載のとおりのものであることは当事者間に争いがなく、右各書面の記載によると本件考案と対比されるイ号物件の構成要件は次のとおり分節するのが相当である。

(一)’ 本件考案の(一)に同じ

(二)’ 堰板1の自由端の片隅部に、同堰板の縦方向に沿いワイヤ5を挿通する穴を設けた平板状の取付片4を水路側壁と略平行に取付け

(三)’ 水切板16は堰板1の自由端の中央部に取付け

(四)’ 水路側壁上に設けた巻上装置から繰り出されるワイヤ5の自由端を前記取付片4の穴を通して固定具5aでルーブ状に結着し

(五)’ ワイヤ5は水路側壁に沿って位置するようにした

(六)’ 転側堰

4  そこで、右1ないし3の事実に基づき、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

イ号物件は、その取付片4が水路側壁に略平行に取付けられているから水切の作用がなく水流を水路側縁から中央へ誘導することが出来ないし、仮りに水切の作用があるとしても、取付片4と水路側壁との間には間隙があって、その取付片4にワイヤ8が結着されているから、ワイヤ8と水路側壁との間に多少の間隙(当裁判所の検証の結果によれば四・二センチメートル)があり、その水切作用がワイヤ5にゴミ等が付着することを防止する機能を果すわけではないのに対し、本件考案は、外方側縁を水路側壁に略近接させた水切板5の外方側縁を経由し、水路側壁と対面するその背面もしくは堰板1にワイヤ8を結着しているから、ワイヤ8が水切板5の外方側縁に案内されて水路側壁に略密着できるようにしたものであり、前記の本件考案の作用効果の記載からみて、その機能が水流を流れるゴミ等がワイヤ8に絡みつくのを防止することにあるのは明白である。

よって、イ号物件は、本件考案の構成要件(二)ないし(五)を具備せず、本件考案の技術的範囲に属しないものと認めるのが相当である。

四  そうすると、イ号物件が本件特許権及び本件実用新案権を侵害することを前提とする原告らの各請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村浩藏 裁判官 田中俊次 裁判官神吉正則は転勤のため、署名押印できない。 裁判長裁判官 下村浩藏)

イ号説明書

この自動転倒ゲートは基部1aを水路2の底部に蝶番式に枢着された堰板1と巻上げ装置3とを

なえ、堰板1の一方の側部上端部に設けた平板状の取付片4に巻上げ装置3から繰り出されたワイヤ5の端部が取り付けられている。この取付片4に対するワイヤ5の取付けは、取付片4に穿設した左右両面に抜ける穴4aを通したワイヤ5を固定具5aでループ状に結着することによって行なわれている。堰板1の上端中央部には水を左右に振り分ける振分具1bが設けられている。

巻上げ装置3は外箱10の内部に複数のギヤからなるギヤ列その他の部品を收納してなり、水路側

側面には前記ワイヤ5を巻き取るプーリ11が設けられている。プーリ11を支持する軸12は軸受13、13’によって支承され、プーリ11と反対側の端部にギヤ15が取り付けられている。

プーリ軸12の隣りには、該プーリ軸と平行な中間軸16が軸受17、17’によって支承されており、この中間軸16に2個のギヤ19、20とスプロケットホイール21が嵌着されている.図中22、22’はカラーである.中間軸16の一方のギヤ19は前記プーリ軸のギヤ15と常時噛合している.

中間軸16の斜め下方には、軸受24、24’によって支承された巻上げ軸25が中間軸16と平行に設けられている.巻上げ軸25にはラチェットホイール26とギヤ27が嵌着されており、さらにプッシュ29を介して回動枠30が回動自在に取り付けられている.回動枠30は左右1対の板体からなり、下端部が巻上げ軸に嵌着され、中間部には軸31と軸受32、32’によって支承されたギヤ33が、また上端部には軸34に嵌着されたベアリング35、35′が設けられている.上記ギヤ27とギヤ33とは常時噛合している.ラチェットホイール26にはピン36によって軸支されたストッパ37が係合しており、一方向(巻上げ方向)にのみ回転できるようになっている.図中、39はストッパ37を押さえる板バネである.なお、巻上げ軸25の水路と反対側の端部は外箱10から突出しており、先端部25aが巻上げハンドル嵌着用の角棒部となっている.この先端ふ部25aに角穴をそなえたハンドルを嵌着して、巻上げ軸25を巻上げ方向に回わすことによって転倒した堰板1を起立させることができる.

巻上げ軸25の斜め上方には、カム軸40が設けられ、この軸40にカム41が軸受42、42’を介して回動自在に取り付けられている.カム41は、外周部に前記ベアリング35、35’が嵌入する扇形の凹部41aをそなえた円板状に形成されており、その凹部41aの上方から半径方向にレバー43が突設されている.カム41の凹部41a直下部の外周面には、前記回動枠30のベアリング35、35’が当接しており、コイルバネ45によって常に図の時計回り方向に付勢されている回動枠30がこれによって支えられている.そして、このようにベアリング35、35’が凹部41aに嵌入していない状態では、回動枠30のギヤ33が第4図の鎖線で示すように中間軸16のギヤ20と噛合している.

前記プーリ軸12の上方には、支持軸50が設けられ、回動円板51が軸受52によって回動自在に軸支されている.回動円板51には水平方向に突出するアーム53が固着されており、さらに、前記カム41のレバー43に一端部が枢着55された連結ロッド56の反対側の端部が枢着57されている.回動円板51の下部には円周方向に沿う長穴59が穿設され、これに回動規制バー60が遊嵌されている.

外箱10の底部を貫通して下方に突出するロッド62の下端部には、水路に通ずる水孔61内に収められた球状のフロート63が固着されており、ロッド62の上端部には支持板65が固着されている.

外箱10の側壁部にはオイルブレーキ70が取り付けられており、その回転軸71に嵌着されたスプロケットホイール72が前記中間軸16のスプロケットホイール21とチェーン73で結ばれている.中間軸16およびプーリ軸12の回転速度は、このオイルブレーキ70によって規制される.

なお、プーリ軸12と巻上げ軸25の間には、必要に応じてさらに多くのギヤを介装し、堰板1の巻上げに必要な力を減少させることができる.

つぎに、この自動転倒ゲートの動作について説明すれば、第1図、第2図に示すように堰板1が起立した状態では、回動円板51のアーム53が、第8図、第9図に示すようにフロート63のロッド62上端部の支持板65上に載置された状態に保たれる.この状態では、回動枠30のベアリング35、35′はカム41の凹部41aの外にあってカム41の外周部に当接しており、回動枠30中間部のギヤ33が中間軸16のギヤ20と噛合している.また、ギヤ33は巻上げ軸25に固定されているギヤ27と噛合し、巻上げ軸25には該巻上げ軸25を巻上げ方向(堰板1を起立させる方向)にのみ回転可能とするラチェットホイール26が固着されているので、ワイヤ5を介して堰板1を倒す方向の力(水圧および堰板1の重力による)がプーリ11に付加されても、プーリ軸12は回転せず、したがって堰板が倒れることはない.

つぎに、大雨等によって水路が増水した場合は、フロート63の浮力が増大するため該フロートがロッド62とともに上動(矢印P)し、支持板65上のアーム53を上向きに回動させる.このため、回動円板51が矢印Q方向に回動し、これに軸着されている連結ロッド56を矢印R方向に移動させるので、レバー43がカム41を矢印S方向に回動させる.すると、凹部41aが第5図の鎖線で示す位置に移動するため、ベアリング35、35′が凹部41a内に落ち込み、回動枠30がその分だけ矢印T方向(時計方向)に回動して、ギヤ33とギヤ20との噛合が解かれる.この結果、中間軸16とプーリ12とがラチェット26の拘束を受けなくなり、プーリ11は自由に回転することができるようになるので、ワイヤ5がプーリ11から繰り出され、このワイヤによって吊られている堰板1が基部1aを回動中心として転倒するのである.前記回動円板51には、第9図に示すようにその右下部に長穴59が設けられ、この部分の重量が軽くなっているので、回動円板51が矢印Q方向にわずかに回動すれば、重量バランスが崩れて、より多く回動する方向に付勢される.

転倒した堰板1を起立させる場合は、フロート63は下降しているので、アーム53を反Q方向に回動させて支持板65上に載置し(ギヤ20とギヤ33とが噛合する)、巻上げ軸25の先端部25aにハンドル80を嵌着して巻上げ方向に回転させればよい.アーム53と支持板65は外箱10の上面に露出しているので、この復帰操作は容易である.

イ号図面中、第1図は自動転倒ゲートの側面図、第2図は第1図におけるA、B矢視図、第4図は一部を展開してあらわした巻上げ装置の断面図、第5図はギヤ列の噛合関係をあらわす機構図、第6図はラチェットホイールの説明図、第7図は回動枠とカムの関係をあらわす側面図、第8図は巻上げ装置上部の平面図、第9図はその側面図である.

第1図

〈省略〉

第2図

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第3図

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第8図

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第9図

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第6図

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第7図

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第5図

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第4図

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(イ号図面)

〈省略〉

(本件実用新案登録請求の範囲)

水路の底盤に基端を軸支3された堰板1を強制起伏回動することにより水路の断面積を自由に調節できるようにした転倒堰において、前記堰板1の自由端の左右隅部の少なくとも一方に、その堰板1の縦方向に沿い、且つその堰板1の傾斜時に水路内を流れる水をその側方から中央へ誘導するように傾斜させて水切板5を取付け、この水切板5の外方側縁6を水路側壁に略平行に近接させ、また水路上に設けた右巻上装置12から繰り出されるワイヤ8の自由端を、前記水切板5の水路側壁と対面する背面もしくは前記堰板1に結着し、前記ワイヤ8が該外方側緑6に案内されて水路側壁に沿ってそれと略密着できるようにした転倒堰

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

(本件特許請求の範囲)

水路内に設けられる堰板1を直立状態に係止するとともに、その係止を、水路内の水位が所定値を越えると自動的に解除するようにした自動堰落し装置において、水路の一側に、内部継がその水路と常時連通する函体7を沿設し、その函体7内に、第一揺動部材12と第二揺動部材13とを上下に屈折可能に枢支連結14してなる浮力伝達リンク15の基部を起伏自在に軸支16し、その浮力伝達リンク15には、前記函体7内に収容され、浮力により浮力伝達リンク15を上下に屈折作動し得るフロート18を連結し、さらに前記函体7には、前記フロート18に浮力が作用しない、前記浮力伝達リンク15の伸直時、少くともその前記枢支連結14点よりも上方において前記第2揺動部材13に係合される係合部8aと、前記函体7を通して水路内に出没して前記悪板1を係止し得る突部8bとを設けたストッパ部材8を揺動自在に軸支してなる自動堰落し装置

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